受験勉強が無意味と感じている人へ 受験勉強が僕に教えてくれた事

以下リンクより抜粋


<中略>

勉強は、間違いなく無意味

 「勉強なんて何の意味もないっっ!」と、土手で叫びたくなる人たちに声を大にした言いたい。断言しましょう。

その通り!勉強なんて何の意味もない!

 試験対策の学問は、何の意味もありません。ぼくが保証します。約束します。何の意味もないし、将来に何もつながらない。 

 しかし、世の大人たちはこう言います。

「将来何かと役に立つ」とか「勉強しとけばよかったと思ってる」とか意味不明な理屈を並べるオトナたちは無視しておきましょう。

彼らは、偏差値社会にコンプレックスをもった人間なのです。

人生に対する不安を、過去の不勉強のせいだと思い込んでいます。金がないのは、低学歴のせい。人生がつまらないのは、低学歴のせい。なんでもかんでも低学歴のせいにしようとします。

彼らの壮大な勘違いに巻き込まれてはいけません。

ちょっと口がたつ大人たちはこう言います。「忍耐力は、社会人として必要なこと。」「無意味なことをやり遂げる能力は、社会人として必要なこと」こんなアホみたいな意味付けは大爆笑ですね。

「社会人は、奴隷です。」ってメッセージを暗示されてます。

 しかし、幸いなことに、ぼくらの時代は、“生き方を選べる”ので“奴隷になるため”に受験勉強をするのは、賢くはないですね。企業ブームやネットビジネスブームなどが到来し会社員として働くのはもはや“普通”ではなくなってます。

好きなことで生きていくのは可能であると多くの人が実際に証明しています。


受験経験から得られること

ぼくが思うに、受験経験から学べる有意義なものといえば成長体験であると思います。

試験で高得点をおさめるために自分の弱点を解析したり、モチベ管理法をいろいろ試したり、試験対策法を試行錯誤して答えがないなりにもトライアンドエラーを繰り返して自分に合った方法、最適解に近づいていく。それが成長です。

あ?成長!?それだけか?って思った人ももうちょっとだけ踏みとどまって読んでみてください。

 
成長体験は、人生を大きく左右する

この成長体験を実感するとしないのでは、人生を大きく左右します。ぼくは、成長体験の数と人生における幸福度は比例していると確信しています。

日本初のプロゲーマー、梅原大吾さんはこう言いました。

ゲームに飽きたって言うんですけど、これは違うんですよ
ゲームに飽きたんじゃない
成長しないことにあきたんですよ
変わらない
昨日と今日やってること一緒
だからゲームがつまらないってことにしてるけど
問題なのは、成長してない自分の方なんですよ
成長が実感できてればゲームだろうが何だろうか飽きるってことはない
飽きましたってことにはならないと思います
人間が前向きに努力を続ける上では、成長があればいいんです
成長さえ実感できれば人間は飽きない

 ゲームに限らず、仕事や勉強、人生などすべてに対して言えます。やればやるだけできるようになるんだったら、それはそれは楽しいですよね。しかし、毎日なんにも変わらないんだったら、ほんとつまらない。

そうですよね?

いくら他人と比べて、自分が優れていても、優越感はそれっきりです。本当に大切なのは、過去の自分と現在の自分を比べること。

人間はいまだに、時間軸には逆らえません。どうあがいても時間は進んでいく、どうあがいても現在は過去へと流れていく。

常に成長し続けるその姿勢さえあれば、死ぬまで楽しく生きていけるのです。


受験は、急激な成長を体験する貴重な期間

成長の唯一の欠点は、成長の仕方、コツを知らない人が多いということです。成長の仕方を知らなければ、人生楽しめません。成長を体感したことがなければ、成長とは何かわかりません。

成長を体感するためには、トライアンドエラーを繰り返すしかありません。ひたすら繰り返し繰り返し、自分で成長を実感できるまでやり続けるしかない。一回それを経験するまで、成長とは何か分からないのです。

だからこそ!

受験期はとっても貴重な時期となってきます。金銭面も心配いらない。時間だってたくさんある。毎日、勉強のことだけを考えるのに、最適な環境が整っている状態です。他の何にも心配する必要はない。

パソコンで言えば、メモリ100%を1つのことに費やせるということです。これは、理想的な最大効率です。100%の力をもって、取り組めるのです。

家族や先生、周りの全員が応援してくれる上に時間と金の心配がいらない
こんな最強の環境は、人生で二度と訪れません。

学生という身分を終えて初めて分かることですが、一人暮らしを始めると家賃、食費、娯楽費などと毎月毎月そこそこのお金が飛んでいきます。なかなか100%の力をやりたいことに費やすのは難しくなってくるのです。 

<中略>
 
どうせやるなら、楽しい方が良くない?

ダイソーの社長は、嫌なことから逃げ続けたと著書で語っています。草野球大会は、親戚の結婚式で休んで、社員旅行は、親戚の葬式で休んだとか。

逃げることは、勇気ある大変立派なことです。受験から逃げたっていいんです。ぼく個人としてはそういう人の方が好きです。

ただ、それでも立ち向かう。

今は他の道をまだ分からないからとりあえずレールに乗っていく!と、そういう覚悟をしたのなら、どうせなら楽しくやりたいですよね?

だったら、「受験勉強は意味がないんじゃないか」ってずーっと考え込むよりも「なんか貴重な成長期間らしいから、成長を体感するために、自分のためにやろう」

そう思った方が良くないですか?

 

 

 

匿名希望