学校教育に掃除はいるのか、いらないのか

日本人の掃除を海外では、高評価する一方で学校での掃除は無駄な時間だという人もいるようです。掃除は勉強の邪魔、汚いと評価されているようです。



以下引用



教師として小学校教育に17年間携わってきた筆者が「掃除には教育的価値がある」という立場で、その理由を述べたいと思います。

【1:気づき付きの場・褒められる場としての掃除】
子供は掃除をするから、汚れに気付きます。

筆者の知人の教師(小学校1年生担任)は自身の著書でこう述べています。

<雑巾の役目は、汚れを雑巾に移すことです。これがわかっていないと、雑巾を滑らすだけで「拭いた」つもりになります>(宇野弘恵『スペシャリスト直伝! 小1担任の指導の極意』明治図書
自分自身を汚すことで、他をきれいにする。それが雑巾。ここをきちんと理解した児童は、拭き方が変わります。体重が乗るようにちょうどいい大きさに雑巾を折り、汚れている部分を見つけながら丁寧に拭くようになります。雑巾を開いてみると、汚れが雑巾に移ったことがはっきり見えます。自分自身が大変な思いをすることで、他を輝かせることができる。これが「雑巾がけ」の精神です。

教師としては、掃除は子供を褒めることができる場面です。

笑顔で「○○さんのがんばりがはっきりわかるね!」と頑張りを認めてあげられます。子供の自己有用感が高まり「きれいにするって、気持ちがいいね」という価値観を共有できます。一石二鳥にも一石三鳥にもなります。

■なぜ掃除する子は人に優しく頭がいいのか?
【2:思いやりの心を育てる場としての掃除】
掃除は、心の荒みを取り除いてくれます。

筆者がかつて担任してきた「荒れた」子供たちは、最初は総じて掃除が下手でした。しかし、役割を明確にして取り組ませると、大きく変わります。やり方は簡単で「教える、やらせて任せる、褒める、感謝する」。これを繰り返すだけです。

「これは力持ちの○○君に任せたよ」
「△△さんはトイレ掃除のプロだね」

などと、きちんと相手を認めた言葉で任せていきます。こうした言葉をかけていくと、いわゆる「問題行動」の目立っていた子ほど、掃除が上手くなります。

なぜでしょうか。それは、これまで認められる場面が極端に少なかったからです。中には「今まで(親にも教師にも)一度も褒められたことがない」という子供もいます。掃除は、学力の高低などにかかわらず、やった子供をフラットに評価できます。やったことが確実に認められる世界です。


掃除がうまくなってくると、汚れた場所を積極的に探すようになります。見落とされがちな場所を考えるようになります。床がきれいになると、壁の汚れが気になりはじめ、ひいては天井、そして空間全体をきれいにしたいと思うようになります。
、「明確に」「すっきり」とクリアしたことがわかるのです。

掃除を工夫し始めると、使う人のことを考えるようになります。
「トイレをきれいに使うコツ」を図や言葉で掲示しはじめたりします。

思いやりの心を自然と育む場として、掃除は価値が高いのです。

【3:学力を高める場としての掃除】
掃除にしっかり取り組む子は、おおむね家庭教育も充実しています。何をするにも、子供自身にじっくり考えさせる、やらせてみるという方針の家庭の子は、掃除が上手いです。自分のことは自分でやるということがしつけられている子供も、掃除ができます。これらは、自分のしたことに後始末ができる、責任がとれるということです。

「自分で考える」「教えたらとりあえずやらせてみる」「自分で責任をもたせる」という家庭の子供は、掃除の力だけでなく学力も高くなります。それは、物事への取り組み方の「基本」が身についているからです。

 

 

 

 

匿名希望