これが本当に授業なの!?『学び合い』実践に迫る①

教員STATION より転載します
これが本当に授業なの!?『学び合い』実践に迫る①  
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■はじめに

 都内のとある都立高校にて『学び合い』の考え方に基づく授業(1年 生物)を見学しました。カルチャーショックともいうべき授業の様子をレポートします。
 
『学び合い』とは、上越教育大学の西川純教授が提唱する、

①「子ども(学習者)は有能である」という子ども観 

②「学校は、多様な人との関わり合いながら自らの課題を達成していく経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の仲間であることを学ぶ場である」という学校観 

③「教師の仕事は、目標の設定、環境の整備、評価であり、目標に到達するための学習の手段は子どもたちが選択できる状態にする」という授業観

という考え方です。


 ■『学び合い』の授業はこんな感じ!

 これが本当に授業なの!?

 これが私の正直な感想です。

 みなさん「授業」といえばどのような風景を連想しますか?
 みんなが自分の席に着いて前を向き、黒板の前に先生が立ち、先生の板書や説明をノートにとる…

 『学び合い』は、先生が与えた知識を生徒が受け取るという一方向的な形ではなく、生徒が課題を解決するための一つの手段として、生徒同士が互いに教えたり教えられたりしながら学習を進めていくという授業スタイルです。生徒(子ども)が自由に動く授業において、先生はどのような役割を果たすのだろうか、そんなことを考えながら授業を見学しました。

 
■授業開始

 まずは先生が黒板の前に立って全員に向けて話します。といってもほんの数分だけ。本時の目標を提示したあとの、「説明なき答えは意味がない」との言葉が印象的でした。


■まるで休み時間?課題学習開始

 そして、残りの時間は生徒たちが自由に本時の課題であるプリントの空欄を埋めます。もちろん私語や立ち歩きは自由なのですが、私の当初の想像をはるかに越えた自由さ。その光景はもはや休み時間とほとんど変わらないような…

  しかし、生徒の会話を聞いていると、

「ねぇ、水って無機物?有機物?」
「なんで無機物なの?」
「えっ、それどういう意味?」
「…○○ちゃんならわかるかもね。聞いてこよ!」

 生徒たちはただおしゃべりをしながらプリントを埋めているだけではないのです。お互いに質問し合い、説明し合う中で、自分の言葉で「なぜ?」「なに?」を解明しようとしていました。友だちに自分の言葉で説明しようとすると、理解しているはずなのに意外とうまく言えないという様子はあちらこちらで見られました。でもそのようにして生まれた疑問をひとつひとつ紐解いていくことで、本当に「理解した」といえるところまで自ら到達する、これがこの授業のねらいです。

 
■「授業も部活と同じ』

 先生は「授業も部活と同じ。」とおっしゃいました。確かに部活では、目標に向かって部員全員が一つになり、互いに技術を向上させるために教え合うといった光景はよく見られます。同じことを授業でもやればいい、根本はいたってシンプルです。

 時折聞こえる「そっか!わかった!」という声は、理解した喜びに満ちているように感じました。部活でも授業でも、先生に説明や指導をしてもらうより、友だちの説明を聞いたほうがすっと理解できることってありますよね。

 先生は、「休み時間のときのようにおもしろおかしくて笑っている顔と、本当に理解できたときの喜びに満ちている顔は全然違う。」とおっしゃいます。ここを見分けることが、『学び合い』の授業としての成立の1つの鍵かもしれません。(続)
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(転載おわり)

 

 

 

孫市