進学率が上がらないのはお金が無いからではない

 日本で豊かさが実現し、物が売れなくなった70年代。政府は「経済成長絶対」から赤字国債を類発し、結果、市場に金が溢れバブルを迎えた。事の本質は、「豊かさが実現した」という事であり、売れないからといって市場に金をばら撒いたところで、行き先が無くバブル化→崩壊したという事。

 似たような事が、大学に関しても行われようとしている。

 18歳人口は、団塊世代の250万人をピークに、団塊ジュニアで200万人に持ち直したが、その後は減少一方で、現在は120万人を切っている。一方、大学数はというと、1960年が245校、1990年に500を超え、2017年の時点でなんと780校ある。

 こんな状況を可能にしたのが「大学進学率」。1960年に8.2%だった大学進学率は、1990年に24.6%となり、そして現在は54.7%にまで増えている。この大学進学率の上昇が、今日の大学界を支えてきた唯一の要因である。

 そして今、唯一の頼みの綱である「大学進学率」を更に延ばそうという流れが「大学無償化」だ。その考えの基盤になっているのが、本来大学に行く意思はあるのだが、経済的な理由で進学を断念している層が多くいるというもの。

 本当なのだろうか。確かにそういう人は多少存在するだろうが、一方で、大学に(あるいは、高校にですら)行く意味あるの?と考え、積極的に大学進学を選択せず、就職を希望する人が増えているように思う。

 物が売れなかったのは、お金が無いからではなかったのと同様、大学進学率が上がらないのも、お金が無いからではない。ここを見誤ると、また、バブルと同じような状況を迎えることになる。将来を担う子ども達が巻き込まれるという点で、こちらの方が深刻な問題だと思う。

 

 

 

野崎章