全力で闘う仕事スタンスは、疲れを知らない子供達の遊びの中から身に着くもの、

・赤ん坊は内発的な欠乏が全てで母親や外界に適応していくという。その獲得のスピードは大人が到底かなうものではない。赤ん坊は真っ当な追求心の塊だといわれる、同じ24時間の吸収スピードは大人とは桁違いの濃密さがあります。
・赤ん坊の頃の自覚は勿論ないが、仲間達と群れをなす遊びのピークが少年期であったが、これは今も確りと思い起こすことができる。近所の子等と自然の中で群れをなして走り回って、足の裏や指先や五感で感受した山野や、引き潮のたびに現れる川底や海底の起伏は、何処に何があったかは今でも脳裏に焼きついている。凄まじい記憶力である。

・低気圧が来るとカモメの群れが海から河口を経て飛来する。、小雨模様の上空めがけて秋刀魚を括りつけたロープを振り回す。食らいついたロープを強く引くと、カモメが失速して落下してくる、とても面白かった。
秋には河口からダツが群れをなして川面を上がってくる。これは橋の上からヤスで突くが、臨港線を貨物列車が通過するときに車輪と線路の間でやり先を磨ぎ澄ます仲間もいた。さすがにこれはしてはならないと、私はできなかった思い出がある。とにかく四季どころか二十四節季ごとに、一日に10以上の遊びに集中していたのではないかと思い起こす。疲れを知らない少年期は、せいぜいが5~6年間だと思うが、好奇心や鋭い直観力を体得した貴重な年代であったように思い返す。

・子供達の内発的な好奇心と季節や自然界の森羅万象は、群れをなす遊びの中から定着する。肉体的な体験記憶として鮮明に脳裏に焼きついて残る。本当に疲れを知らないのが子供であった。体力を使い果たして帰るから、夕飯を食べながら居眠りしかけて、21時前には熟睡してまう。体に定着した生活習慣が原点となって、全力で闘う仕事スタンスも身につけたのではないかと思う。
・電車で遠方の小学校に通わせるなど、地域で群れなす子どもたちを分断してしまい、サラリーマンのように単調な少年期を過ごさせるなど言語道断とである。子供達から仲間と遊びを奪う反社会的な犯罪行為である。

 

 

 

持国天