二宮尊徳の報徳思想を受け継ぐ教育理論、「松田小方式」

たまたま、仕事の関係で神奈川県松田町の松田小学校のことを調べていたら、昭和40年代に全国的に注目を浴びた有名な「松田小方式」があり、松田小学校の校長であった井上喜一郎氏による、独自の教育理論として、子どもの話し合い学習のあり方や意義、子どもを学びの中心に据えた教育を追い求めた実践が行われていたと知り、どの様な取り組みだったのか調べてみました。

この地域は、二宮尊徳の生地であり、この教育理論の背景には二宮尊徳報徳思想があるそうです。江戸時代の教育が戦後にまで影響を与えた事例としても、非常に興味深いものがあります。

松田方式のポイントは、報徳教育の「芋こじ」の理念をベースに、話し合いの重視が子どもの「主体的必然性」の育成につながり、話し合い学習により知識や価値観が動く「可動的均衡点」という授業論が生み出されたこと、だそうです。何を言われているのか良く分かりませんでしたが、説明をきちんと読むと、なかなか参考になる内容でした。以下、抜粋して引用します。

「芋こじ」とは、桶の中で芋を洗うことで、芋と芋がぶつかり合う事で皮がむけてきれいになることから、人も人の中で磨かれる=集団研鑽の原理を見出したものです。

ここで重要なのが、子供たちは自分で育つ力を持っていて、教師はその手助けをすると言う所です。子どもが「何を必要としているのか」、その必要とするものを自分で調べたり、人の話を聞いたりして、自分のなかで組み立て直して新しいものを生み出していく。そのプロセスに「主体的必然性」があります。

そして集団研鑽の方法ですが、矛盾をきっかけにして、そこから追求に入ります。『おや、おかしい、変だぞ、本当にそうか』。つまり子どもの自己矛盾。自分自身で湧き出る自己矛盾もあれば、多くは「あの人が言った、え、そうか」と集団の中での矛盾もある。ただ単に教えるのではなく、子どもの方から「おかしい、じゃやってみよう」という方向を大切にした。だから「矛盾を核にした問題解決」という名前をつけた。

問題解決というのは、解決したけれども、それは一時の留まりだと。次の時間になると、逆にひっくり返る場合もあるけれども、深みは深まっていく。それだって変化だ。動きだ。だから、出発は「可動的均衡点」。

時間のある人は、全部読んでもらうと良いと思います。

戦前・戦後の教育実践を語る―報徳教育・福沢プラン・井上喜一郎―
リンク

また、中身は読み込めていませんが、松田方式の解説が他にも見つかりましたのでリンクを貼りました。

福沢小学校・松田小学校の社会科(I)一教科としての社会科の確立一
リンク

アドレスが長すぎてリンクが張れませんでしたが、次のような論文も見つかりました。興味がある方は、検索を掛けて見てください。

「1952~63年度における神奈川県福沢小学校の『実力の検討』シリーズ : 子どもの「実力」を高める授業研究の歩み」

「授業における子供の追求過程」

 

 

 

野田雄二