未来を創るはずの教育現場で教師に未来を絶たれる悲惨な子供たち

教育は未来を創る
「教育は未来を創る」と言われています。教育が未来を創るということについて、小学校の教師、校長として、子どもを育成してきた立場から、考えを述べてみたいと思います。

未来を担う子どもたちを育成するのは、教育です。だから、「教育が未来を創る」と言われるのでしょう。そして、教育は、教師で決まると言っても過言ではありません。教育者の人格やその考え方が子どもたちに大きな影響を与えるからです。

子どもは、成長していく中で、たくさんの方に出会います。その中で、「自分はこの人のように生きてみたい」という自分の人生のモデルとなる方に出会います。また、「この人のようには生きていきたくない」という逆のモデルを見つけることもあります。教師の目からは、人生のモデルは、同性の方になることが多いように見えます。最初に出会う人生のモデルは、女の子は母親、男の子は父親となります。そして、次に出会うモデルが「教師」という子も多いはずです。

ですから、教師には、学習を教える教育者としての姿だけでなく、人生のモデルになるという自覚が求められると思っています。小学校時代、子どもは、一日のうち、おおよそ8時間学校で過ごします。その学校の中で、学習や集団生活で起こるドラマや感動など一緒に分かちあう先生。その存在は、子どもの成長に大きく関わってきます。なお、中学校以降のモデルは、先生だけでなく、先輩や同級生など、幅が広がっていきます。

未来は、明るく希望に満ちたものであってほしいと私は思っています。家族や周りの人と助け合い、つながって生きる社会。愛が循環している。そんな社会を心から願っています。そのためには、明るく、建設的で、積極的な考え方で生きていく子どもたちを育てることが大切です。ですから、教育者も、明るく、建設的で、積極的な考え方を持つことを、心掛けなければなりません。
いじめや不登校の解消
夢と希望に満ち、自分の夢に向かって今を生きる
地域や国を愛し、他の人や社会に貢献する子ども
そんな志ある子どもを育てたなら、きっと明るい未来が創造されると考えています。

学校は一つの社会です。様々な価値観で育ってきた子どもたちが出会い、友だちとのかかわりの中で、感動や喜びが生まれると共に、けんかやいじめなどの問題も起きます。けんかしても、仲直りしたとき、子どもは、けんかをしても分かり合えると気づきます。それは、明るく、建設的な考えが実現していく体験と言えるでしょう。そして、明るく、建設的で、積極的な考え方をもって生きようと子どもは決意するのです。一つひとつ、よき体験を重ねていきます。学校は、本来は「不可能」を「可能」に変えられるところであり、困った時に自分を助け、力を尽くす人に出会うところなのです。

小学校では、いじめのアンケートや生活アンケートなどで、いじめの調査をしています。


 
1、2年生では、「からかい、ちょっかい」などが嫌だという回答が他の学年よりやや多くなります。例えば、肩をたたかれたときに、「やめてよ」とか「なぜそんなことするの」ときちんと言える子もいます。黙って我慢する子どももいます。アンケートから聞き取りをし、事実を確認すると、

肩があたっただけ。
遊びに誘いたかった
ふざけて、たたいた
はらがたったから、たたいた
など、様々な原因で「出来事」が起こっています。事実が確認されると、すっきりするし、解決してくれた人の存在がうれしくて、信じられない世界から信じられる世界へ一歩踏み出せるきっかけになります。大人は「そんなどうでもよい」とか「気のせいだよ」とか「小さな事を気にしない」などと言ってしまいます。しかし、そんな言葉をかけられた子は、自分の考えや意見を言うことをあきらめて、困ったことがあっても我慢してしまうようになります。大切なことは、ささいなことであっても、子どもたちの考えや思いをしっかりと聞いてあげることです。そこから先ほど述べた、明るく、建設的で、積極的な子が育っていきます。

学校は自分の夢を描ける素晴らしいところです。家庭環境に関わらず、学校ではみんなが同様に自分の力で自分の人生を生きることができます。朝、正門を入ったとたん、目の前に自由でクリエイティブな世界が広がっています。「おはよう」のあいさつと共に、新しい朝に新しい自分で、新しい一日を生きる。学校はそんなところであってほしいと願います。明るく、建設的な未来は、明るく、建設的で、積極的な考えをする子どもたちが創るのです。そして、その明るく、建設的で積極的な子どもたちの考えは、教育によって創られ、人々の愛によって育まれていくと信じています。

 

 

 

直永亮明