「学校は楽しい」と言う子どもたちでもその中身は「学校が」ではない

 私は長年塾講師をしていますが、子どもたちと個別に話し合っていろいろ相談に乗ってあげるという生徒相談というのを度々行っています。

 塾は学校と違って通知表や内申点をつけるわけではないので、子どもたちは講師からの評価を気にしなくていい分、本音で語ることができるのです。

 最近、生徒たちに「学校は楽しいですか?」
「もし、テストや入試制度も無くなって、学校は行っても行かなくてもどちらでもいいという法律ができたら君ならどうする?」

という質問をしています。

 ほとんどの生徒が「学校は楽しいです」と言っているにもかかわらず「学校にはたぶん、ほとんど行かない」と答えています。

 これにはちょっと驚きました。親も先生も子どもが「学校は楽しい」という言葉を聞くと安心するのですが、その中身は仲良しの友達と会って遊んだり話したりできるからであって、決して学校そのものに魅力や可能性を感じているわけではないというのが私の実感です。

 「不登校は増えているといえ大半の子どもたちは楽しく学校に通っている」「まだまだ不登校は特殊事例」というのが学校や親たちの共通認識にあるようですが、それは法律や仲良しの友達が無くなれば、子どもたちにとって学校の存在価値はゼロに等しくなるという現実を大人たちは受け止めていくべきではないでしょうか。

 「じゃあ、どうなれば学校に毎日行きたいと思えるようになる?」という質問もします。

「時間割を自分たちで作れるようになればいい」
「したい勉強をどんどんさせてもらえたらいい」
「意味のない宿題を出さないようになればいい」
「制服はやめてほしい」
定期テストとか通知表とかをなくして」

など、いっぱい出てきますが大きくは管理・強制枠や画一的な評価を無くしてというのが本音みたいです。

 また、学校内でのイジメが最近のニュースでよく目にします。そもそも問題が起きてから校内アンケートで生徒たちに調査しないと子どもたちの人間関係の実態が掴めないということならば、日ごろどういう姿勢や意識で教師たちは子どもたちに接しているのか首を傾げたくなります。

 そういう点でも多くの子どもたちは学校、教師に失望している可能性も否定できないと思います。

 子どもたちがたとえ法律がなくても毎日通いたいと思えるような学校を作るためにもっと子どもたちの声に大人たちはまじめに耳を傾けていく時代が来ていることを実感しています。

 

 

 


匿名希望