ずっと秀才だった人間の思い込み

「中国の律令制度が入って以来、日本の社会のインテリ知識人は、本当の日本人の生活から離れている」
歴史の話をしながら、日本の学校教育の弊害について言及している対談を紹介します。

網野善彦鶴見俊輔対談 「歴史の話 日本史を問いなおす」(1994)より
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鶴見 日本の教育は、少なくともアメリカのそれをこえて制度として整備されてしまったから、小学校の就学率が高くなって、子どもが外で遊んでいると「なぜ学校へ行かないんだ」といって叱るでしょう。日本以外のところだったら、だいたいどこでもこんなに叱られるというわけではありません。学校に行かないのがわりあい普通の状態ですからね。
学校という、いわば教育の始まりのところで、「日本はこういう国」「日本人はこういう人間」と規定しちゃうわけですね。その定義を変更しないで、小、中、高、大学まで行って、たまたま日本史をやって史学者になっても、いちばんはじめの見えないものを気配として維持することをしていないから、「俺は何だろう」という不毛な質問を発する人は科学的ではない、ということになって、その問いを捨ててしまう。その揚げ句の果ては、膨大な資料を持っても、分析方法が固定しているから話が全部ズレちゃう。

網野 同じ枠の中にはまってしまって、「わからない」ことのあるのを認めるのは、「科学的」でないということになるのでしょうね。
「百姓は農民ではない」と歴史の専門家に言うと、「そんなことはとうの昔にわかってるよ」という答えが返ってくるんです。「それなら、百姓がいつから農民と考えられるようになったのか説明してください」と言うと、相手は困るんですね。そういう問題はこれまで真剣な問題になったことはないし、現実にその人たちがやっている仕事で、ほとんどの場合、そのことはまったく意識されてこなかったと思いますよ。多分、史料に「百姓」と出てくると農民と読んでいる。だから班田農民とか、農奴、隷農、小農民、貧農・中農・富農などという規定だけが通用していることになるんです。ただ、多少、広く史料を読んでいれば、農民ではない百姓がいるぐらいのことには、気づいている。だから「わかっているよ、そんなことは」という反応になるんですけど、これが度し難いんですね。

鶴見 教授になるような人は小学校のときからずっと秀才で来たんですよ。小学校に入ったときに定義されちゃって、それを引きずってるんです。定義を繰り返しこわすようなことをしない。定義というのは人間がやっているものなんだから、すべて曖昧なんで、必要にして十分な定義なんて、なかなか言えない。必要上いまこの場はしのげる程度の定義ということがわからないで、ピシャッと入っちゃってるんですね。これがおそろしいと思いますね。

網野 多分、秀才で負けずぎらいだから、「わからない」と言えないのでしょうね。そういうすべてが「わかっている」ところからは何も生れない。科学も生れないはずです。しかし、たとえば、「日本」という国号については、いつ、だれが、どういう意味できめたのか、どのレベルの歴史教育でも教えていない。だから、日本人のほとんどすべての人が自分の国の国名のきまったいつなのか、知らないのです。一番基本的なことだと思うのですが。

 

 

 

春野うらら