先生も戸惑った明治初期の教科書

欧米を追いつけ追い越せによって取り入れた西洋教育だが、何百年にも渡って学んできた寺子屋での教育内容は大きく変わってしまった。事実、当初教えていた先生も、新しい教科書に慣れるまでに相当な時間がかかったようだ。

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日本の教科書の歴史は古くは平安時代にさかのぼり、中国からもたらされた漢籍や、和歌など伝統的な教育があり、江戸時代にさかんになった庶民に多くもちいられた往来物とよばれる実用的な教科書がありました。
 
それが、明治時代になり教科書の内容も体裁も教育制度も大きく変化します。近代国家建設のため、西洋的な知識を急速にとりいれようと、さまざまな新しい教科書がつくられました。小学校が寺子屋や藩校にかわってつくられ、文部省により次第に近代教育制度が整備され、教科書もだんだんと国家の統制をうけていきます。

中略

■1:往来物と「学制」公布

明治時代より前、江戸時代までの教科書は「往来物」と呼ばれています。往来とは往復の手紙のことです。江戸時代までの教科書は手紙文の手本を集めた形式のものが多かったので、こう呼ばれるようになりました。

『永楽庭訓往来〔えいらくていきんおうらい〕』は江戸時代名古屋で代表的な書肆(出版社兼書店)であった永楽屋東四郎が出版したものです。庭訓往来は14世紀ごろ成立し、各地で出版されました。手紙文の手本を集めた、教科書の元祖といえるものです。本文は漢文で、武士用と思われますが、この『永楽庭訓往来』のように読みがながつけられているものもあり、庶民にもつかわれたのではないかとおもわれます。庶民のための往来物にはこのほか、『商売往来』『農民往来』など使い方に応じた手紙文(消息)の手本がありました。

女性を対象にしたものもあります。『女大学教文庫〔おんなだいがくおしえぶんこ〕』の主な内容は教訓系の往来物の代表「女大学」です。「女大学」は江戸時代に原型がつくられ広まりました。きびしく女子の心得を説いています。このほか教訓系の往来物では、「山高き故に貴からず…」ではじまる『実語教』や『女今川』などたくさんの種類がつくられました。

明治時代になり、政治や社会が変わる中、教育にも大きな変化がありました。江戸時代、寺子屋は庶民のための私立の教育機関でしたが、明治5(1872)年に『学制』が公布されると、四民平等・国民皆学を原則とし、各地に公立の小学校がつくられました。「文部省」は学制に先立ち、欧米の教育制度を調査しました。その調査報告書にあたるものが『理事功程〔りじこうてい〕』です。

アメリカ、イギリス、フランスなど9カ国の教育制度についてくわしく述べられています。こうした欧米の制度を参考に、日本の小学校は下等小学4年・上等小学4年でスタートしました。ところが、学校がつくられても、教えられる内容が近代的なものになるまで少し時間がかかりました。それは、新しい教科書やそれを教える先生が準備されていなかったからです。はじめは、明治以前にかかれていた福澤諭吉の『西洋事情』や、『各国産物往来』のように従来の往来物形式のものも教科書としてつかわれていましたが、やがて文部省や師範学校が教科書を作り始め、それらもつかわれるようになっていきます。

■2:初めて習う教科書

寺子屋では、幾人かの生徒がいても、それぞれの進度でそれぞれに学習し、個々に指導を受けていましたが、小学校では集団で一斉に教えるという方法にかわりました。『小学教方筌蹄〔しょうがくおしえかたせんてい〕』や『小学教授校本〔しょうがくきょうじゅこうほん〕』は先生用の教授法の本です。集団に教えるための「五十音図」「単語図」「連語図」などの掛図の見本や、実際にどうやって指導するかが書かれています。連語図は、短文練習の入門教材としてつくられたものです。最初に単語を示し、つぎにこれらの単語をもちいた短文をかかげています。

『小学算術書』や『小学読本』は代表的な教科書です。『小学算術書』は算数の教科書ですが、今と違ってたてがきになっています。師範学校編集による『小学読本』は、当時アメリカで著名だったウィルソン・リーダーを翻訳したもので、最も普及した教科書のひとつです。文章は直訳的で、内容やさし絵にも異国的なものが多くなっています。

中略

■4:あたらしい知識

江戸時代、寺子屋でおしえられていたのは「読み書きそろばん」でした。藩校では漢籍が主で西洋の学問は一般的ではありませんでした。明治になって、西洋の知識を一般にもひろめて国家の近代化をはかろうという政府の方針により、小学校にもたくさんの新しい教科が生まれました。算術 ( 『筆算題叢〔ひっさんだいそう〕』)、化学 (『小学化学書』)、 理科(『牙氏初学須知〔がししょがくすち〕』)、 物理(『小学人身窮理〔しょうがくじんしんきゅうり〕』)、世界史(『万国史略〔ばんこくしりゃく〕』)、世界地理(『万国地誌略〔ばんこくちしりゃく〕』)などです。いずれも小学校の高学年でつかわれていたとされますが、高度な内容です。先生にもよくわからなかったのではないでしょうか、説明して理解させるよりも、ただ本をよむのが教え方の中心だったそうです。

後略

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西本圭