大学進学より「見習い制度」 米産業界の見方が変わる理由

中世以来、機能してきた「見習い制度」だが、豊かさ実現→学位崇拝の下、「見習い制度」は、プロフェッショナルになる準備期間ではなく、学業での失敗を示すものと捉えられてきた。

 しかし、市場が大転換する中、企業が学生に求める能力は実践的なものになり、学士号や修士号が、仕事の成果と全く繋がらない事が明らかになってきている。

 スキルだけでなく、大人としての経験に繋がる意義深い関係を提供するものとして、「見習い制度」が、今、見直されている。

リンクより引用します。

※※※以下、引用※※※

米国のトランプ政権とオバマ前政権はいずれも、助成金制度や連邦レベルでの新たな機会を提供するなど、アプレンティスシップ(見習い制度)を重視する方針を示してきた。

連邦政府が産業部門の再活性化につながる多額の支出を決めたことを受け、産業界も職業訓練校や見習い制度の伝統を生き返らせることに力を入れるようになるだろう。政策シンクタンク労働組合は実務的な仕事に就く若者たちが再び増加することの重要性認めており、主要な企業も同じ考えを示している。

見習い制度は中世以来、労働者階級の若年成人とその経済的自立を促す役割を担ってきた。だが、米国人は次第にそうした働き方を好まなくなった。見習い制度はプロフェッショナルになるための準備期間というよりも、学業での失敗を示すものであるかのように捉えられるようになったのだ。

こうした認識の変化は、市場において自然に起こったものではない。政策の変化が影響を及ぼした。政府は人為的に思春期を延ばすことで、専門職に就き、賃金を得る若い労働力を労働市場から締め出したのだ。特に14歳以上にも教育を受けさせることとした義務教育法は、若者たちが「実社会で働く」ことへの準備を整えることを妨げた。労働法もまた、彼らが実際に働く経験を得ることを阻んだ。

米国で大学の学位を取得している人の割合は、1960年代には5人に1人未満で、大卒者と高校中退者の平均稼得能力には大幅な差があった。労働市場に学士号取得者が増加すると、雇用主たちは大卒者が自社のオフィスや工場でどのような働きをするかを判断するための指標を持たないまま、採用者を選別するようになった。

大学の学位がやみくもに崇拝されるようになると、大学の価値が暴騰。雇用者は学士号さえほとんど必要ないような仕事にも、修士号を要求するようになった。どの業界でも、実社会での経験を積むことを延期できる能力が、勤勉であることや質の高さの指標となった。だが、それらは全く、仕事に対する準備がどの程度できているかを示すものではない。

見習い制度は、必要なスキルを身に付けるための訓練を行うだけでなく、本当の大人としての経験につながる意義深い関係を提供するものでもある。多くの不安を抱え、何にも無関心な人が多い若者たちも、他の世代にはないエネルギーを向けるべき有意義な対象が与えられれば、代数や英文学をもう1年学ぶよりもより多くのことを身に付けられるだろう。

雇用主は熱意のある従業員候補とのパイプラインを築き、複雑さを増す職務上の課題への対応に必要な実務的なスキルについての訓練を行うことができる。実践的な学習とそれに熱心に取り組むことで、学生たちは高額の初任給を求めることも可能な、あるいは自ら起業することも可能な、必要不可欠な資産になる。

若年労働力が制限され、長い義務教育機関が思春期を長期化し、富をもたらす仕事によって得られる充足感と報酬が若者たちから奪われるようになるまで、米国の見習い制度は経済的流動性の中核をなすものだった。

米労働統計局によれば、製造業では10年後までに熟練を要する仕事に就く人が約1000万人不足すると予測されている。見習い制度はこの大幅な技能不足の問題に対応し、学生ローンの返済で溺れかけている世代に経済的流動性を提供することに役立つだろう。

また、高校のカリキュラムや学生の進路相談プログラム、奨学金などについての見直しを行うことで、学生の見習い制度へのアクセスの改善と、雇用者による同制度への投資の増加を実現することができると考えられる。

見習い制度は、学業ではなく実際の働く経験からしか得ることができない実務的なスキルや批判的思考を通じて、米国の労働人口に革命的な変化を起こすことができる。 

※※※引用、以上※※※

 

 

 

野崎章