ぼくは9歳で学校をやめて、母と一緒に世界を旅するノマドになった~アンスクーリングという選択~

子どもと一緒に過ごす必要性を感じている中で、
会社をたたむことになった一人の母親。

学校を辞めさせ、世界の現実を見ることを決断しました。


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ロサンゼルスで育った僕は、まったく世界を理解していなかった。ラテン系が大半を占める地域に住んでいて、「カウチサーフィン」というサイトを通じて母が他の国からの旅行者を家に泊めていたから、多様性は意識していた。好奇心をもって、世界中の国々についていろいろな話に耳を傾けたけど、そこにリアルな実感はなく、ただ言葉だけが頭の中を駆け巡っていた。

僕が9歳だった2008年頃、経済危機が起きてアメリカ中がずたずたに引き裂かれ、すべてが変わった。経済学者によると、大恐慌以来最大の経済危機だったという。今にして思うと、それが母と僕が本当に必要としていた変化のきっかけになった。

(中略)

母は広告代理店を経営していたが、経済危機が起きると真っ先にクライアントが消えていった。母は会社をたたむことになるだろうと考えていた。そしてある晩、空っぽのオフィスに座っていた母は僕に驚くようなことを言った。「さあ、どこかへ行こう。何もかも捨てて冒険の旅に出よう!」

(中略)

半年の間に僕たちは住んでいたロフトを引き払い、所持品をすべて売り、飼っていた犬のための家を見つけ、必要な書類を準備した。

(中略)

当初の計画では、1年かけて南に向かって中米と南米を旅し、最終的にアルゼンチンまで行く予定だった。そうして思う存分楽しんだら、またアメリカでの生活を再スタートさせるつもりだった。

(中略)

旅の予定は1年間だったこともあり、母は僕に学校をやめさせた。授業を受けるより、1年間世界を旅する方が間違いなく教育的な価値があると考えていた。母としては、旅から戻ったらまた僕を別の学校に通わせればいいと思っていたようだ。

母の友人たちの中にはこの旅に肯定的な人もいたが、子供との旅はとにかく安全に気をつけなければいけないとくり返し忠告したり、僕たちの決断を無責任だと受け止めたりする人もいた。

(中略)

月日が巡り、飛行機を降りてついにメキシコで第一歩を踏み出したとき、自分たちが始めたことの重大さを僕たちはようやく実感した。ここは今まで散々危険だと聞かされてきた国で、2人とも現地の言葉を話せず、あらゆることが目新しく、圧倒された。

(中略)

時間が経つにつれて、僕たちの考え方は変わっていった。僕たちはペースを落とし、急いで移動する必要性を感じなくなっていった。

僕たちがそう考えるようになったのは旅を始めて8カ月目のことだ。僕たちはまだグアテマラにいた。その時点で、アメリカに帰るという選択肢は僕たちになかった。最初の1年で貯金は底をついてしまったけれど、僕たちはこの新しいライフスタイルを続けていこうと決心していた。このとき旅行気分は消え、旅はライフスタイルのようになっていった。

旅を始めて1年目の筆者と母。ベリーズにて。 

このとき母は、親として「責任ある」決断をしなければならなかった。この旅をフルタイムで続けていくにあたって、僕の教育はどうすべきなのか。リサーチを始めた母は、自分なりの答えにたどり着いた。それは「アンスクーリング」だった。アンスクーリングとは、学習者自身が選択した活動を学習の中心に据えることを提唱する教育手法であり、教育哲学だ。アンスクーリングでは遊び、個人的な興味、仕事体験、旅行、読書、社会的交流をはじめとする自然な人生経験を通じて学びを深めていく。なかなか大胆な試みだが、実際のところ僕はすでにそれを実践していて、うまくいっていたのだ。

母は僕たちの経験を記録するブログを始め、友だちや家族が僕たちの近況を知ることができるようにしたのだが、世界中の人々がブログを読みはじめたことに驚いた。自発型学習に興味を持つ人が多いことを知った母は、世界を通じて子育てや学習を行うことについての記事を書き始めた

(中略)

その間僕たちは様々な国をめぐり、ひとつの国につき最低でも数カ月滞在した。僕はグアテマラバイリンガルスクールに通い、コロンビアのホステルで働き、今回はホストではなくビジターとして、「カウチサーフィン」を利用する多くの人々と出会った。僕はスペイン語に囲まれて生活する中ですぐに言葉を覚え、歴史、アート、文章を書くこと、神話に情熱を見出した。多くの人々に出会い、常に積極的に社会との関わりを持った(そして、必ずさよならを言わなければならなかった)。何よりも、ずっと前に失われてしまった母との関係を取り戻すことができた。

(中略)

僕は今19歳になり、最高に幸せな人生を送っている。(中略)今のところ、大学で教育を受けることには関心がない。すでに書き手としての実績はあるし、詩集も出版している。自分で収入を得て、この広くて素晴らしい世界を自分の足で歩いている。

僕は自立への道を歩み始めているけれど、母との関係は今でもとても親密だ。一緒に歩んできたこの旅のおかげで、僕たちの関係はこれからもまったく違ったものになっていくだろう。

僕たちがこの旅を始めて10年になる。36カ国、5つの大陸をめぐり、数えきれないほどの経験を重ね、僕は人生の半分を不確実な環境の中で過ごし、その過程で様々な文化に身を浸してきた。家はないけれど、一度もホームレスになったことがなく、モノよりも思い出を大事にし、あらゆる物の見方に独自の価値や美しさを見出す人間になった。

僕は学校に通わずに育ったけれど、それは教育を受けていないということではない。そして何よりも重要なのは、10年間の外国生活を経て、僕は物事に対してアメリカ人として向き合うのではなく、世界市民として向き合うようになったことだ。今、僕はペルーでこの記事を書いている。アルゼンチンまではまだ道半ばだけれど、いつの日か、僕はそこにたどり着くだろう。

 

 

 

 

滝尾莉恵