教科書の「暗黙の前提」を見抜き、常識を打ち破れ

○○はダメと否定するのではなく、その構造を読み解くことで、実は新たな世界が見いだせる。そんな可能性を感じました。

リンクより引用
こんな話がある。
 水素を燃やして走る燃料電池車というクルマが現在、熱心に研究されているのだけれど、そのためには水素を安全に大量に貯められる貯蔵タンクが必要。けれど、水素には厄介な性質がある。金属に染みこんで外に出ていってしまうほど、水素は小さいのだ。しかも、水素が金属に染み込んで、金属をもろくしてしまう「水素脆化(ぜいか)」という現象が起きて、固い金属のタンクであってもしばらくすると強度を失ってしまうのだという。この水素脆化という現象は、金属の研究者からすれば常識で、いわば教科書的な知識だったらしい。 
  ところがある研究者が、「水素でどのくらい脆くなるのかみてみたい」と考え、高濃度の水素に金属をさらしてみた。すると、意外なことに、水素は金属を脆くするどころか強くし、しかも水素が染み出なくなった。
 どうやら、中途半端な濃度の水素に金属をさらすと、目に見えないスキマに水素が入り、そのひび割れを広げて金属を脆くすると同時に、金属の板を突き抜けて水素がにじみ出るようになるのだけれども、高濃度の水素にさらした金属は、隙間を水素が埋めて金属の強度を増し、しかも水素の通り道をふさいで、水素がにじみ出られなくなったらしい。
 ここで考えたいのは、「前提」だ。水素脆化という教科書的現象は、「中途半端な濃度の水素にさらしたら」という前提があった。しかし「非常に高い濃度の水素にさらしたら」と、前提を変えてみると、別の結果が出たわけだ。
 そう、教科書というのは実は、暗黙のうちに「前提」が隠されている。その暗黙の前提が守られている限りは、教科書に書いてあることは正しい。しかし、前提が変わってしまえば、教科書に書いてある結果が出るとは限らない。誰も見たことのない結果が出る可能性が大いにある。前提を変えてみた人が過去にいないなら、画期的な成果となる可能性は結構高い。
(中略)
本庶氏のノーベル賞受賞になった研究も、「免疫療法はうまくいかない」という教科書的常識を打ち破るものだった。しかしその教科書的常識は、「免疫にアクセルをかけて強めようというアプローチを取る限り」という前提があった。本庶氏は、前提を「免疫にブレーキをかけるものにアプローチ」に変えた。それが、これまでの常識とは異なる結果を生み出したのだと思う。
  多くの人がしばしば口にする「教科書を信じるな、疑え」というのは、気持ちが分かるようで、ちょっと大雑把な表現なのかもしれない。私が表現するなら、「教科書の隠れた『暗黙の前提』を見破り、その前提条件を変えてみよう」で十分だと思う。もしその視点を持って眺めると、教科書はイノベーションの宝庫だ。なにせ、前提さえ変えてしまえば、教科書(つまり、これまでの常識)を覆す、超意外な結果が出てくる可能性があるのだから。

 だから、画期的な成果を出したい人は、まず常識を知ろう。教科書に書かれている「正解」を知ろう。そしてその上で、それら常識、正解が、どんな前提条件で成り立つのかを考えてみよう。前提条件がどんなものか見抜けたら、その条件を変えてみよう。そうすれば、これまで誰も検討したことがない実験ができ、意外な結果を得ることができる可能性がある。

◆知を織りなして「前提」を暴く
 もう少し続けよう。インターネットや人工知能の登場を理由に、「たくさんの知識はいらない、創造力さえあればよいのだ」という意見に関してだ。私は、“知識の乏しい創造力”というのは、偶然を除けば難しいように思う。創造するには、それなりの知識が必要だ。
 もちろん、教科書を丸暗記しただけの知識では何にもならない。それは単なる情報の集まりでしかない。知識とは、知と知の織物、「知織」だと私は思う。教科書丸暗記の情報の集まりは、いわば、知という糸はたくさんあるけれど、地面に放り投げただけの、絡まりやすい糸クズのようなものだ。
 しかし知という糸同士を巧みに編めば、綾なす素晴らしい模様が描ける。知と知の織物、「知織」だ。知と知を巧みに組み合わせることで、布という画期的な商品が生まれ、模様という美しいデザインが生まれる。さらに、布というカタマリ同士を組み合わせれば、上着になったりズボンになったりスカートになったり帽子になったり。ただの糸クズではあり得なかった、素晴らしい商品が生み出されるようになる。
 しかし、そうした色とりどりの服飾が生まれるには、たくさんの糸が必要なように、素晴らしいイノベーティブな「知織」は、たくさんの知という糸を組み合わせなければできない。やはり、「知」はそれなりの量、必要なのだ。
 しかし肝心なのは、「知」が多いだけでなく、知と知を織り成す技術が必要だ。織る技術がなければ、「知織」は織れない。
 本稿がお伝えしたい、「教科書が暗黙のうちに前提していることを見抜け」ということも、そもそも予備知識がなければ難しい。だから、知識は必要だ。
 ただ、丸暗記という面白くない作業で知識を増やそうとするのではなく、「教科書に書かれていることは、前提条件が成り立つ時だけの狭い知識だ。その狭い了見を暴いてやる!」くらいの意地悪な気持ちで教科書を眺めればよい。おそらく、本庶氏が訴えたかったのも、そういうことなのだと思う。
 教科書を疑ったり信じなかったりするのではなく、教科書がどんな前提を暗黙のうちに隠しているのか、それを暴き出す探偵のような気持ちになってみよう。探偵になるには、推理を成り立たせるだけの知識も必要だ。そんな「探偵」がたくさん増え、教科書とは異なる前提条件で挑戦する人が増えば、この国はもっとイノベーティブになるのではないかと期待している。

 

 

 

大國ゆき