ジェームズ・ダイソン独占! 私が今、正しく機能させたいものは「教育」(3)

引き続きリンクより引用します。
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Dyson Instituteは、今後何十年にわたって未来のエンジニアを育てるために貢献することだろう。だがある意味では、ジェームズ・ダイソンの存在そのものが、ずっと昔からかけがえのない「教育」の役割を果たしてきたのかもしれない──。

そんなことを考えたのは、現在ダイソン本社で働く唯一の日本人デザインエンジニアである菅原祥平に話を聞いたときだった。日本の大学で機械工学を専攻したあとにプロダクトデザインを学んだ菅原は12年にダイソンの存在を知り、「デザインとエンジニアリングの融合という、ぼくがやりたかったことをまさにやっていた会社」に衝撃を受け、ここで働くことを決めたという。

その後、リハビリサポート機器「Raplus」でジェームズ・ダイソン・アワードの国内第2位を受賞したことをきっかけに、菅原は15年にダイソンに入社。品質保証の仕事をしながら上司には「いずれ本社の研究センターに行きたい」と毎日のようにしつこく話し、本社から幹部クラスの人物が来日する度に作品集を見せに行くといったことを続けた結果、17年10月、5年越しの夢が叶ってマームズベリーでの勤務が決まったのである。

ダイソンで働くことを目指すかどうかは抜きにしても、菅原のようにジェームズ・ダイソンその人に憧れて努力を続けてこれたエンジニアは、きっと世界中に存在するのだろう。それもこれも、ダイソンが25年にわたって数々の製品を再発明し、世の中の常識を塗り替え続けてきたからにほかならない。

70歳を超えても、彼はいまだに自分をほかの何者でもない、エンジニアであり発明家だと考えている。その姿が人々をインスパイアし、ひいてはエンジニア界の次のヒーローを生み出すことにつながるのだ。ちょうどダイソン自身が、偉大なエンジニアの先輩であるブルネルやエジソン、そして、フライに憧れたのと同じように。

「私はただ、いまもこれからも技術を発展させたいだけだ」。創業25周年を迎えたダイソンのこれからについて尋ねると、彼は当然のことのようにそう語る。

「私はSFが嫌いなんだ。だって、未来を想像するだけじゃ発明とはいえないからね。実際に手を動かしてものをつくること──私にとっては、それが何よりも大事なんだ」

 

 

 

佐藤晴彦