「使命=命の使い方」を見いだせる人生を歩ませる

今は少子化になり、小規模な家族になりました。1人の子どもに、お母さん、お父さんが集中して手を出し、危ないといって構う。子どもに任せて、育つのを待つことをしなくなりました。本来、子どもが一番自信を持つのは「1人でできた」時なのです。
 
■勤勉だからこそ立ち止まる時を
日本人はずっと仕事をしている。生まれ持っての農耕民族なので、コツコツと土を耕し、この時期にはこの作業をして、収穫してというDNAが形成されているのかもしれません。
 そして今は、お父さんもお母さんも仕事があり、この時間にご飯を食べないといけない、早く食べなさいと急かし、一緒に食べられない場合は孤食になってしまいます。
 いよいよ年号が変わります。これだけ便利な世の中になりましたから、新しい時代こそ日本人は一度すべての便利さや社会の流れに足踏みする時間があってもいいのではないでしょうか。
 心を取り戻すことを仕事にしてみる。少し立ち止まって、1日テレビを消して、スマホを横に置き、子どもと会話を楽しむ。そんな心をベースにしたことを仕事にしてみる時代はどうでしょう。企業もファミリーに主軸を置いて、豊かに人間生活ができるように、その方法を模索してみる時です。
 一番大事なことは、元気で生まれて、しっかり食事と睡眠を取れて、自分の生活を元気に回していける。その中で自分の得意なことを発見し、人のためにもなる使命を持つこと。使命は、命の使い方と書きます。この命の使い方を見いだせる人生を歩ませるにはどうすべきか、教育者も考えるべきです。
 まず基盤になるのは身体です。身体が育ってこそ心が豊かになるし、学ぼうという意欲も起きます。研究心や探究心は、我慢、忍耐、継続や失敗を多く経験しないと発見できません。ずっと時間を使ってなにか1つのことに取り組むには、身体が強くないといけません。姿勢を良くして歩き、運動すると、脳にも酸素が回って健康的な考え方ができます。
 子どもたち自分でつかみ取って、自分でやってみようというものすべてが教育であり、アクティブ・ラーニングなのです。それは、知識や勉強だけでなく、手に学ぶ、動作に学ぶといったことも含めてアクティブ・ラーニングであったはず。知識偏重、偏差値教育に振り子で戻ることがあるかもしれません。基礎や基盤は大事ですが、やはり自分で考え、自分の個性を豊かに伸ばせるような学びをも学校での科目を通してワクワク・ドキドキ感を与えるべきです。
 今、私が心がけているのは、学生たちにきらめくような体験をしてもらうことです。自分がキラッと輝く瞬間が見つかったら、次のきらめきを探そうとします。私たちはそれを「夢、挑戦、達成」という言葉で学生に示していますが、そういうトピックスを上手に見つけ、子どもたちに示すのが教育なのだと思います。

 

 

匿名希望