いい大学へ送り出すという使命感は、教師自身の中でも形骸化している

社会に出て何の役にも立たないばかりか、子供達の柔軟な思考を停止させる受験勉強を強いている唯一の理由は、いい大学→いい会社→いい生活という考えがあるからだろう。

 しかし、世の中はどんどん変わってきており、そのような考え方も一昔前の考えになっているのは事実である。そして、教師自身の潜在思念においても、いい大学へ生徒を送り出すという使命感は、形骸化しているのではないかと思う。

 いよいよ、何のために学んでいるのか?という事を、生徒も、教師も、保護者も真剣に考える段階にきていると思う。
 
リンクより引用します。

※※※以下、引用※※※

昨年11月、兵庫県の県立高校の教師の「あるミス」により、生徒4人が第一志望の大学を受験できなくなっていたことが判明。ネットからは非難の声が殺到している。

■提出期限の確認を怠り…

報道によると、4人は同県内の第1志望の大学を、推薦入試で受験する予定だったという。しかし、高校の進路指導部の複数の教師が願書の提出期限を確認せず、締め切り当日になって発送。期限内に届かなかったそうだ。

教師らは郵送した翌日にミスに気付き、県立大に事情を説明。しかし、「公平性を欠く」との理由で受理されず、4人は受験できなかった。その後、高校は生徒と保護者に謝罪。

教育委員会は「あってはならないミス」「生徒の人生を左右しかねない」として、進路指導部の複数の教師を処分する方針とのこと。

■「到底許されることではない」

生徒の人生を歪めてしまったとも言える教師らのミスに、ネットからは「せっかく頑張ったのに…」「到底許されることではない」と怒りの声が相次いでいる。

「教師たちを処分したところで、高校生たちが報われるわけではない。本当にありえないミス」

「生徒たちはこのために高校生活を頑張ったのに…。教師たちは償っても償いきれない」

「到底許されることではない。それも複数人いて全員確認を怠ってたってどういうこと」

※※※引用、以上※※※

 

 

 

野崎章