労働者(奴隷)としての効率を重視した学校教育

もはや誰も、暗記ばかりで役に立たない詰め込み型の学校教育には、可能性を感じていない。
この『脱学校』の潮流は今や日本ばかりでなく、世界で顕在化されている。

以下、リンク より引用
>暗記が主体の画一的な詰め込み学習、そして型に合わない生徒は「落ちこぼれ」とみなされてしまう今の教育システムに疑問を持つ人も少なくないだろう。2020年には教育改革も始まるが、果たして根本的な問題は解決されるのだろうか。
スティーブ・ジョブズに引き抜かれ、アップルの教育部門の初代バイス・プレジデントを務めるジョン・カウチも同じ疑問を抱え、時代遅れの現代の教育システムを変革しようと、社内外で活動している。ジョンの考える理想的な教育とは?

>私は、学生時代から、暗記ばかりの詰め込み教育に疑問を感じ続けていた。現代の教育システムは、修正(パッチでの応急処置)や交換(一からやり直し)ではなく「リワイヤリング(配線のやり直し)」しなければならないと考えている。

教育のリワイヤリングを突き詰めると、「生徒に学習させたいことの教え方を変えること」という意味になる。情報を配って事実をムダに暗記させることは、もうやめるべきだということだ。

これからの教育は、子どもたちに理解させることを変えると同時に、批判的にものを考えるクリティカルシンキングや自由にアイデアを広げるクリエイティブシンキングを教え、子どもが自ら新しいことを発見し、理解し、生みだせるように導くものであるべきだ。

>問題の出来事は、戦争でも不況でもない。教育の歴史を変えた人物が暗殺されたのでもない。フレデリック・テイラーという1人の男性が、ある考えを思いついたことから始まるのだ。

そのテイラーの得た知見をまとめたのが、1911年に出版された『科学的管理法』という本だ。効率と生産性を最大にしたいという熱意にあふれるテイラーの考え方はアメリカを席巻し、彼の著作は生産現場に最も影響をおよぼした経営指南書の1つとなった。テイラーの考えはあらゆる種類の企業や組織に取り入れられ、多くの業界から「ムダ」(とスキルを持つ労働者)が排除された。それまでの職務は、誰にでもできるような作業に細分化された。

その結果、経営者は専門スキルを持つ労働者に高い賃金を払う必要がなくなった代わりに、スキルを持たない労働者を大量に雇うことが必要となった。

同時に、アメリカにおける労働は、質ではなく量と同義に捉えられるようになった。いかに優れているかはもう大事ではなく、いかに速いかがすべてとなったのだ。

スピードは簡単に定量化できるので、所定の時間内に仕事をこなすことが労働者に課された。科学的管理という理論に後押しされて、どの業界もカスタマイズ化や創造性といった効率性を損なうものには目を向けず、標準化に注目した。

そうした流れから、ヘンリー・フォードのような人々が現れた。フォード・モーターを創設したフォードは、生産ラインとそこで働くスキルの低い労働者を使うことで、自動車の大量生産が可能となる製造の標準化を実現した。標準化を目指すと、個人より組織がつねに優先されることになる。

そんな中で、当時世界一の金持ちで最も有名な実業家といっても過言ではないジョン・D・ロックフェラーは、頭を使わない安い労働力を早くから育てるのがいちばんだと考えた。つまり、子どもの教育を労働力になるための準備に変えればいい。

衝撃なのが、テイラーの著作が出版されたわずか1年後の1912年に登場した論文だ。これが教育のパラダイム転換を起こすことになる。

>それは学校を主体とする教育の目的を見直すもので、これからは子どもたちに将来に向けた準備をさせるのではなく、当時必要とされていた類いの労働力となるための準備を目的とすべきだとはっきりと説いているのだ。

「われわれは、スキルの低い労働者やその子どもたちを、哲学者や研究者、科学者にしようとしてはならない。彼らのなかから、作家、演説家、詩人、文筆家を排出してはならない。偉大な芸術家、画家、音楽家、法律家、医師、牧師、政治家、指導者の卵を見いだすこともしてはならない。
われわれがわれわれ自身に課す職務は、非常に単純かつすばらしいものである。子どもたちの小さなコミュニティーを組織して、子どもたちの父親や母親が不完全にしかできていないことを完璧に行うことを教えるのだ」
この論文を発行したのは、GEB(一般教育委員会)を自称する団体。この団体を創設し資金を援助したのは、ほかでもないロックフェラー自身だ。

このようなテイラーの考えに賛同する人々は「テイラリスト」と呼ばれ、彼らは熱心に、正規の学校教育の目的は「平均的な生徒を標準とする教育の提供」であるべきだと主張した。

こうした流れの中で、産業革命の後期に入ったアメリカで学校教育の目的が見直されることとなり、いまなお続く教育システム全体の標準化に焦点が集まるようになったのだ。

今やアメリカだけでなく、日本でもまさに同じ問題を抱えていることは言うまでもないだろう。

 

 

 

望月宏洋