入学と同時に勉強しなくなる大学生の事情~「いい大学」に入ることだけが目的

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より引用


有名大学に入学したとたん、何をすればいいのか分からなくなる学生がいる。その原因は「学ぶ喜び」を奪う受験勉強の行き過ぎにあるのではないか。ジャーナリストの池上彰氏と作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が対談した――。


「地方の公立校の人間が非常に少ない」
【池上】私は、今、東京工業大学で教えているのですが、いろんな意味で深刻だと思うのは、入ってくるのが圧倒的に首都圏の中高一貫私立校出身者で、地方の公立校の人間が非常に少ないことなんですよ。状況は、東京大学でも一橋大学のような大学でも同じでしょう。

【佐藤】学生たちが均質化している。

【池上】そうです。彼や彼女たちは、基本的に恵まれた環境に育ち、子どもの頃から塾通いをし、偏差値の高い私立学校で学び、とずっと同種の人間たちばかりのコミュニティーで育ってきました。頭はいいし性格も悪くないのだけれど、視野が狭い。難しい方程式をスラスラ解くことはできるのに、今世の中がどうなっているのかというようなことになると、全然知識がないのです。

かつての東大には、地方の公立高校出身者が多数いて、野武士のような若者たちが梁山泊を形成して、天下国家についても侃々諤々(かんかんがくがく)やったわけでしょう。今は、そんな雰囲気はまったくありません。当然、その環境は霞が関まで続いていて、そういう人間たちがごそっとそこに集まるわけですね。これは恐ろしいことです。

【佐藤】それに比べれば、私が同志社大学の神学部で教えている学生たちは、同質的ではありません。


中略


日本の教育は「総崩れ」ではない
【佐藤】だけど、教えた中学生の中には、大学レベルの授業に十分ついて来られる子もいて、驚きました。しかも、生徒たちには、他人の気持ちになって考える共感力があった。「受験刑務所」化していない証拠です。

先生と話していると、口には出さないけれども、受験には適性があるという思いが伝わってくるんですね。「覚えて再現する」という試験にも向き不向きがあるから、1、2年間頑張って、向いていないと思ったら無理して難関大学を目指す必要はない。受かる大学でしっかり勉強して、そこで上位層に食いこむほうが、よほど意味があるだろう、と。実際に生徒を教え、先生たちと話してみて、あそこの教育はグローバルスタンダードに耐えうるんじゃないかと、私は個人的に思いました。

あえてそういう経験をお話しするのは、特定の学校を持ち上げることが目的ではありません。日本の教育が大変なことになっているのは確かなのだけれども、かといって「総崩れ」になっているわけではない。そこも正確に見ながら必要な改革を進めていくことが大事だ、と考えるからなのです。

 

 

 

蟹江西