40年前の「脱学校論」~学校制度が可能性に蓋をする~

現在のフリースクールにつながる40年前の「脱学校論」

作者のイバン・イリイチが特に問題にしているのが、「価値の制度化」で学校制度があるせいで、人々の可能性に蓋をされてしまっているというもの。
代わりに提唱しているのが学びのネットワークを構築し、多様なやり取りが生まれる環境づくり。

脱学校⇒社会へという地平までは行きついていないものの、制度からの脱却⇒可能性収束、その代表としての脱学校はすでに顕在化している。

以下引用

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『脱学校の社会』は学校制度を批判し、新たな学習支援の在り方を説いた思想書である。本書における学校制度批判は、「価値の制度化」という概念が中心となって構築されている。

◇価値の制度化とは
価値の制度化とは、ある価値を維持していくために生み出された制度が、いつのまにか制度自体に価値が有るように人々が錯覚し、本来の価値が失われていくことを意味する。

学歴を例にあげてみると、人が大学に行く本来の目的は、学問を修めることであるはずであり、学位は、その目的が達成されたことの証明として与えられる。そのうち、学位を持った人こそが学問を修めた人間であると社会ではみなされるようになる。すると、やがて人々は学位を得ることが学問を修めることであると考えるようになる。このような過程を経ることで、本来学問を修めるための手段の1つでしかなかった学位の取得が目的へとすり替わっていき、本来の学問を修めるという目的が忘れられてしまう。これが価値の制度化である。

価値の制度化が問題となるのは、本来多様である人間の価値観が特定の制度の枠内に制限されていき、人間の可能性を狭めてしまうことである。

ある人が欲する知識や能力を得るには、大学に入るための高い授業料を払わずとも、学習資源にアクセスするためのある程度の環境さえあれば独学で達成することが可能かもしれない。

しかし、学習を支援することが学校制度を推進することとみなされると、人々の学習はカリキュラムに左右されるようになり、学習コストがつり上がってしまう。結果として、授業料の払えない人々は学ぶことを諦めてしまうという事態を起こしてしまうのである。

(中略)

本書『脱学校の社会』では、上の例にあげたような、教育政策で起こる価値の制度化を問題提起し、学校制度の維持を主眼とした教育政策を激しく批判した。結果として、本書は教育界に衝撃をもって迎えられ、フリースクールなどの理論的基盤として活用されるようになった。

イリイチの学校制度批判は過激であり、ともすると非現実的なカルト思想にもなりかねない部分がある。しかし、先に述べたような価値の制度化という現象はたしかに現実に起きている。そして、その問題意識は今でも活きている。

◇Opportunity Web(機会の網状組織)
本書は他にも、イリイチが学校制度の代わりに提案した「オポチュニティー・ウェブ(機会の網状組織)」という非常に興味深いアイデアが書かれている。そして、これこそが本書が現代に与えている最も大きな影響であるかもしれない。

オポチュニティー・ウェブは、子どもが学習するために必要な4つの資源ーー事物、模範、仲間および年長者ーーに出会う機会を提供するネットワークであり、それは主に次の4つのウェブによって達成される。

1つは、人が学習するために必要な学習オブジェクトにアクセスすることができるネットワークであり、自由に工作したり実験したり実物に触れる機会を提供する。ファブラボや博物館、図書館をイメージしてもらえば分かりやすいだろう

2つ目は、人々の間で技能を交換することができるネットワークであり、これによって学習者から道具の使い方を学ぶことを自由に学ぶことができる。

3つ目は、同じ関心を持つ人が出会い、学習仲間として共にコミュニケーションをとる機会を提供する機能である。本書では、好きな本を挙げたプロフィールと電話番号を登録すると、自動的に同じ本が好きな人同士をマッチングする電話ネットワークを具体的な手法として提案しているが、現代人の多くがソーシャル・ネットワーキング・サイトを思い浮かべるに違いない。

4つ目は、専門的な教育者を供給するネットワークであり、ここでは知識や技能を教えたいと思う人が自由に教える機会を得て、報酬をもらうことができる。ここでは教育クーポンなどを学習者に配布することで教育者が報酬を得られる仕組みが提案されている。

以上の4つのウェブによって、人が学校制度に依存せずに学習することのできる社会を形成することをイリイチは提案した。

簡単にいえば、イリイチは学校制度の代わりとして学習の機会にアクセスするネットワーク環境を構築することを提案した。そして、それはワールド・ワイド・ウェブが目指す未来の学習環境のあり方につながっている。

 

 

 

大森久蔵