卒業してしまえば何の役にも立たない「学校の成績」

暗記し競う学びから、みんなで追求する学びへの転換が必要そうです。

以下、(リンク)より転載。
********************************
■選別・品定めという愚行

学校ではテストの点や成績の状態、教師の命令に忠実に従っているかどうかなどで「良い子」「悪い子」という判断が下されます。しかし、これは本来とても馬鹿馬鹿しいことです。

本来ならば学習の成功とは、学生ら全員が学ぶ事の楽しさや大切さを見出し、子供たち1人1人に自ら進んで学習する意欲を持たせることが最も重要なはずです。

しかし、頭が良い子だの悪い子だのというレッテルを学校が貼り付けていれば、学校に反感を抱く人間ばかりが出てきてしまう流れは必然だと言えます。

それなのになぜ学校という場所では「クラス分け」や「成績による分別」などで子供たちが差別されているのでしょうか。私はこれが物凄くおかしなことだと思うのです。

■学生(子供)に等級付けなど必要ないはず
 
確かに、一般企業などではこの等級による区分け・格付けというのが有意義になっていることも多いと思いますので、一概に全てを否定するつもりは全くありません。

そこに意味と価値があるのであれば、ランク付けなども別に存在してもいいと思います。

しかし、学校においてはそんなことをする必要性があるのかというのが私の考えです。

例えば、成績の良し悪しでクラス別に子供を配置する学校というのも存在するようですが、そんなことをする意味があるでしょうか。

確かに、上位の成績の学生はいいかもしれませんが、成績下位者などはどうでしょう。

学習に対する意欲を持つ事など果たしてできるでしょうか。今の学校という場所に対して価値を感じ積極的に学びたいと言う気持ちになるでしょうか。

私はそんなことは絶対ありえないと思います。

よく言われるのが「競争させて他者に勝とうとすることで学力を上げさせるのは大切じゃないか」

 ・・・という意見です。勿論、考え方は人それぞれですからそうした考え方の人は別にそれはそれで言いと思います。

しかし、長年国際学力ランキングで世界第一位だったフィンランドなどをはじめとして、テストなどで競争させずに優劣を競わせないという方針を取り入れている国だって存在します。

それならば、学校において競争を強制させる意味など本当に有るといえるでしょうか。

私自身はそうではありませんでしたが、テストでいい点を取らなければ両親に酷い文句を言われて殴られるという家庭も存在するという話を聞いたことがあります。

こんなことが未だに起こっているとすれば、子供があまりにも悲惨です。こうした家庭の子供が心の底から何かを学びたいと思えるようになるとは到底思えません。

学ぶ事への失敗=恐怖というおかしな図式が出来上がってしまっているのです。

日本ではこうした傾向が特に顕著ですが、そろそろ無目的な「競争」から目を覚ますべきではないでしょうか。

子供にランクを付けて品定めするという学校の方針が、多くの人々にとってプラスになっているとは私はとても思えません。

卒業してしまえば何の役にも立たない「学校の成績」などよりも、本当に大切にするべきことは他にも山ほどあるはずです。

 

 

 

植田正治