地域づくり+教育革命⇒地域と企業で人材を育てつくっていく自給システム

地域と企業とで大学をつくった事例を(リンク)より紹介します。

世界に誇れる技術を持ちながらも後継者不足に衰退を余儀なくされている中小企業の街。自治体と企業とで産業振興を推進するも有効策が打てていない。

大学とまではいかなくとも中卒や高卒生を対象にした働きながら学ぶ実業学校ならば、地域と企業グループとで共同で運営していくことは可能かもしれない。大それた学校は不要、少し大きめの寺子屋みたいな場でもよい。廃校利用でもよい。週の半分は各企業で実業を働きながら学び、週の半分は学校で基礎を学ぶ。実業学校に入る前は中学や高校在学中に各企業がインターンとして受け入れる。給料を支払う学外研修でもよい。
卒業してそのまま就職を受け入れれば後継者不足も解消される。
かつての村落と同様に、地域で人材を育て、つくっていく、自給のシステムが求められるように思う。

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新潟工科大学は、新潟県内の主として中小企業の社長たちが、優秀な人材をなかなか確保できないことで将来の会社の存続と発展に強い危機感を抱いていたことと、円高などで生産拠点の海外への移転が急ピッチで進む中で、日本の技術が空洞化してしまうことを憂慮して、「原点に帰った実務教育をし、優秀な技術者を県内に輩出できる場を自らの手で作りたい」という強い思いをもち、新潟県内の大手企業や新潟県に進出している大企業をも巻き込んで「新潟工科大学設立同盟会」を結成したことから始まりました。

そしてその熱意に新潟県柏崎市新潟県内のほとんどの市町村が賛同し、公私が協調してお金を出し合い、また募金を呼びかけて設置財源130億円を超える浄財により実現した大学です。

同盟会会員企業を含む県民の皆さんからのご寄附は3000件を超え、同盟会会員企業は約500社にも達しました。県内外の大手企業も参加しており、その業種も製造業を中心にあらゆる業種にわたりました。

つまり本学は、ひとりのオーナーのための大学でなく、県内の会社社長たちの想い、新潟県、県内市町村そして多くの県民の想いがひとつになって作られた大学と言えます。

全国に多くの大学がありますが、このようなことは、ほとんど例のないことだと言われています。

また、新潟県の産業界が業種や規模の壁を超えてこれ程までにひとつになった例も初めてであり、開学したのちにおいてもこれまでの「新潟工科大学設立同盟会」を発展的解散し、組織を新たに誕生した「新潟工科大学産学交流会」がその意志を引き継ぎ、新潟工科大学へさまざまな支援を続けています。

1990年[平成2年] 9月 新潟工科大学設立同盟会設立
1992年[平成4年]12月 財団法人新潟工科大学設立準備財団設立
1993年[平成5年] 4月 新潟工科大学建設工事着工
1995年[平成7年] 4月 新潟工科大学開学

 

 

 

宮田一郎