文章がヘタな人は自分の思考が整理できてない

書くと、図解化することは、自分の漠然とした考えに形を与えて、他人にもわかるようにする行為なのだ。

リンク より引用

何となく自分の意見が正しいと感じている。ところが、それを文章にして人にわかってもらおうとすると、ふと手が止まる。次々と自分の考えに穴があることに気づいて、そのままでは説得力がないことを改めて知る。そんな経験は誰にでもあるだろう。


つまり、書くとは、自分の漠然とした考えに形を与えて、他人にもわかるようにする行為なのだ。したがって、書くことによって考えに筋道が生まれる。頭の中にある連続的な思考を整理し、分析的にとらえなおし、思考の塊を言葉に改め、それを文にして論理的につなげて、一つのまとまりのある文章にしていく。それはまさに自分の思考を外からも見えるものにしていく作業なのだ。書くことによって、もやもやしていたものが明確に意識化される。時に、自分がどこに疑問を感じていたのかがわかる。

したがって、文章を書くことができないということは、自分の思考を外に示すことができないということになる。もっと言えば、実際には思考を自分のものにしていないに等しいということにもなる。

そして、それは文章を書くことによって、思考できるようにもなるということを意味する。

言い換えれば、文章を書く練習をするということは、自分の考えを明確にする練習、もっとはっきり言えば、しっかりと考える練習になる。

何か解決できない問題にぶつかったときには、パソコンを出して、問題点を書き始める。書くという行為は、話す行為と違ってあとから直すことができる。つまりは、自分の思考をいったん文章にしてみて、それを振り返り、そこにあいまいな点や間違った点があったら、それを消して改めることができる。

話すだけであれば、話した内容を忘れてしまう。30秒も話をすると、話し始めたときにどのようなことを語ったか、しばしば忘れてしまうだろう。だが、文章であれば、書き始めた部分を読み返せばよい。そうすることによって、自分の思考の跡をたどることができる。

そうして、何度も書き直し、時にはネットや本で調べて自分の考えを補強したり、ほかの人の意見を参考にしたりして、完成度を高めることができる。

それを繰り返すことは、文章を書く練習になるだけではない。読解力が増すだけではない。思考力が高まり、様々な出来事についての自分の意見を持つようになるだろう。


*小論文で論理的な文章力を身につける

小論文を書くのに、表現の工夫などはいらない。知識があり、論理的に考える力があれば、すぐに書けるようになる。もし、論理的に考える力がなければ、しばらく小論文を書く練習をすればよい。小論文を書くために論理的に考える練習をしているうちに、本当に論理的に考えることができるようになるだろう。

本書をお読みの方のほとんどは大学受験合格を目的としているわけではないだろう。大学受験を考えてもいないのに小論文を書いてみることに抵抗のある人がいるかもしれない。だが、小論文は論理的な文章の基本だ。ブログに書かれた社会についての意見、新聞や雑誌の投稿欄に掲載されている文章などは小論文の一種だろう。

小論文を書くことによって、まず論理的な文章力が身について、社会を見る目が育つだけではない。社会についての自分なりの考えをまとめるのにも役立つ。週に1本でも社会問題について小論文を書いてみてはどうだろう。

リアリティを作り出すテクニック

ところで、小論文ではあまり重視されないが、もう一つ、文章を書く際に身につけておくべきテクニックがある。それはリアリティを作り出すテクニックだ。

小論文では、あまりリアリティは求められない。「大勢の人がイベントに集まった。その要因として考えられるのは……」という書き方でよい。だが、実際の生活ではそれでは不足だ。「周囲を取り囲む行列ができるほど盛況だった」など、ほんの少しであっても、それが目に浮かぶような説明を加える必要がある。

入社試験時に企業に提出するエントリーシートなどでも、「私はコミュニケーション力がある」と書くだけではリアリティがない。具体的にどのようなことがあったのかを少し加えてこそ、それが事実であることを読み手に訴えることができる。

 

 

 

匿名希望