先進国とは真逆を行く「日本のヤバい小学校」

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人生最初の「見極め」は幼稚園から。とはいえ、幼稚園に入る子は3~4歳児ですから、本人ではなく親が判断しなければなりません。

「園児がビシッとした幼稚園」は要注意
まず、大人から見て「園児がみんなビシッとしていてすばらしい」と思うような幼稚園は避けたほうがいいでしょう。

この年代の子どもは「好きなときに好きなことをしゃべる」のが普通です。それがいっさい無駄口をたたかず、全員が列にサッと並んだり、子どもの声がやけに「とおる大きな声」だったり、そんな声で一斉にあいさつをしていたりしたら、危険信号です。子どもの「個」よりも「全体」が優先されている可能性が高く、その幼稚園は避けたほうがいいでしょう。

みんながきれいに並んだり声をそろえてあいさつしていたりすると、一見キチンとしているように感じますし、「子どもなのにすごい!」と思ってしまうこともあります。でもだまされてはいけません。

わが子を思うなら、「ビシッとしていて気持ちのいい」幼稚園よりも、あくまでも子どもが楽しみながら通えるところのほうがいいのは言うまでもありません。自分に置き換えて考えてみるとわかりやすいでしょう。

あなたは、毎日ビシッと朝礼をして目標を大声で叫ばされるような会社で働きたいと思いますか。もしそう思われる場合は、残念ながらあなたはすでに体育会系的な根性論に毒されています。

幼稚園に話を戻しましょう。例えば、家で暗記してきたものを園児一同で延々と暗唱していたりする場合は「ブラックさ」の程度でいうと、かなりヤバいです。一時期、世間を騒がせていたあの学園が典型です。

あの学園は「政治とお金がらみ」でずいぶん話題になりましたが、それ以前に、私はテレビ画面から伝わってくる学園の教育に疑問を持ちました。

園児の行動が不自然なほどビシッとしていましたし、「教育勅語」をあの年齢の子どもたちが暗唱させられているという不気味さ。さらに気持ち悪かったのは、同学園が悪い意味で世に知れわたる前、その教育を「すばらしい」と絶賛していた政治家夫人や著名人がいたことです。そこに深い闇を感じます。

ちなみにその「愛国的」な教育の中で、隣国である韓国の悪口を吹き込まれることもあったようです。そのため、家族旅行で韓国へ行くときに身体の具合が悪くなった園児もいたといいます。他国の悪口を子どもに吹き込むなど言語道断です。

「訓練型の教育」に感心してはいけない
とにかく懸念されるのは、4〜5歳の子どもに対して軍隊のような教育を行っていたことです。親の側からすれば「あの幼稚園に入れていたら、子どもがいつの間にかビシッとしていた」とか、「大人も言えないようなすごい内容のもの(例えば「教育勅語」)を覚えていた」とか「口答えをしなくなった」などの「効果」を喜ぶ人もいたのでしょう。

しかし、「子どもたちの足並みがビシッとそろっている」だとか「威勢のいいあいさつをしている」だとか「すばらしい行進をしている」などの大人が感心することの背景には「訓練型の教育」があるということを忘れてはいけません。

今、世界の先進国の学校では「子どもの自主性を大事にすること」が主流になっています。先生に従順な生徒を育てるスタイルはもちろん、スパルタ的な指導もなくなりました。

しかしニッポンでは、ひと昔前に戻ったかのような「暗記型の教育」、そして「先生の言ったことに従うだけのスパルタ教育」を施していた森友学園のような幼稚園が一時期とはいえ親御さんや著名人などに支持されていた事実がある以上、日本は世界の先進国とは真逆の方向に向かっていると言われても仕方ないでしょう。

なぜ、「ブラックな幼稚園」に出会わないことを強調するかというと、子どもの精神はもろいからです。ここでのトラウマを一生引きずるかもしれません。

あるいは過剰に適応してしまえば、将来、親近感から進んでブラックな会社に入ってしまうかもしれません。わが子に幸せな人生を歩ませるためにも、幼少期から「ブラックな根性論」に触れさせないことが、親としての務めではないでしょうか。

それから大事なこと。私自身には子どもがいませんが、だからといって、この問題と無関係ではありません。なぜなら、ブラックな教育を受けた子どもが増えると、数十年後にはトラウマから「心に闇を抱えた人」、または過剰適応した結果、根性論で他人にムリを強いる人が増えるわけですから……。

「組体操」がある小学校は要注意
次に小学校を見てみましょう。私立の場合は、多くの親が受験前に学校の教育理念やさまざまな情報を得ています。その際に、学校の主張を自分なりに解釈してみて、「その裏側にあるもの」を分析するといいかもしれません。

例えば「良妻賢母」という言葉こそ使っていなくても、似たようなことを女子教育の概念として挙げている学校の場合、わが娘にどのような影響がありうるかをじっくり考えてみる。学校が発信している情報を、いろんな方面から見てみることです。

ただし公立の場合は見極めが少し難しいかもしれません。とはいえ、全部食べ切るまで遊ばせないなど、給食で子どもに過剰な完食指導をしているところは避けるに越したことはありません。全員に決まった量を食べさせるという指導は、すでに他の先進国では見られなくなった教育です。

本の学校は音楽の授業も含めほかの先進国と比べるとレベルが高いですが、たくさん知識が得られても、学校での理不尽な指導により子どもが精神を病んでしまっては本末転倒です。

「イジメ」に関しては残念ながら、わが子が入るクラスにどんな児童がいるのかどうかをあらかじめ知ることは不可能です。そのため、何か事が起きそうなときに「その都度」対応していくしかありません。一方、「ある程度予見可能」なのが、その学校の運動会などの活動です。

 

 
大川剛史