「長期休校」子どもたちと学校を襲う多大な喪失

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新型コロナウイルスの流行について、ハーバード大学の研究チームは、外出規制などの処置を2022年度まで断続的に続ける必要があり、もし制圧に成功したとみえても2024年までは再拡大防止のために監視を続ける必要があると発表した。世界各地で医療崩壊が報告されているが、終息までの期間が長期化すれば教育崩壊も免れない。

文部科学省は4月10日、学校から家庭に家庭学習の指示を出し、成果が認められれば、学校としてはその単元はすでに学習したものとして先に進めていいとの考えを発表した。要するに、休校期間中の学習は家庭でやってくださいということだ。

子どもたちは「授業」の代わりに出された「課題」の山に圧倒されていることだろう。それを自らコツコツこなすというのは受験生でもない限り至難の業だ。そこに在宅勤務の親が「勉強しなさい!」と怒鳴れば、勉強嫌いを大量生産しかねない。

受験業界においては各種模試も中止されている。来年の大学入試や高校入試、中学入試にも大きな影響を与えそうだ。早速オンライン授業に切り替える塾や学校も多いが、あくまでも応急処置である。早く切り替えたところから早く弊害も報告され、試行錯誤が続くだろう。そして当然ながら、学校の機能をすべてオンラインで代替できるわけではない。

名物行事はオンラインでは置き換えられない
開成中学校・高等学校の名物行事「大運動会」は、毎年5月の母の日に行われる。開成の教育はある意味、運動会を中心にまわっており、「運動会がなければ開成じゃない」と言ってもいい。開成生たちは運動会を通して、巨大な組織の中で個性を発揮できる人間に育つ。

麻布中学校・高等学校の文化祭は毎年GWにからめて実施される。麻布においては運動会よりも文化祭の存在感が大きい。実行委員会メンバー選出から予算管理、当日の運営までを通して、油断をすれば民主主義や権力はいともたやすく腐敗することを、身をもって学ぶ。

巣鴨中学校・高等学校は毎年GWの前半に伝統行事の「大菩薩峠越え強歩大会」を実施する。中1から高3までの全校生徒が、東京都奥多摩山梨県の境にある標高約1900mの大菩薩峠を夜通しで越える。無心で重ねた小さな一歩が、偉業につながることを実感する。

いずれも、それぞれの学校の文化を表す特徴的な行事である。しかしこれらが今年はいつも通りには実施できない。それぞれ延期や中止が発表されているが、現状では生徒同士が集い準備することすら不可能だ。関係者の多くが「本当に開催できるのだろうか」と不安な気持ちに違いない。

上図は私が講演会でときどき使用する“学校の機能”を表したスライドだ。

(外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

ブルーの部分はいわゆる教科教育。ここついては、学校によっては独自の「シラバス(学習計画表)」を用意しているが、どこの学校でも学習指導要領に準じているので、基本的にやっている内容に大差はない。

グリーンの部分は学校の文化だ。フランスの社会学ブルデューが「ハビトゥス(ある階級や集団に特有の行動・知覚・判断の様式を生み出す諸要因の集合)」と呼んだものに似ている。明文化できない要素であり、少なくとも数十年という単位の時間をかけて醸成されるものだ。

ブルーの部分の教育内容や成果は、言語化・数値化・コード化しやすい。しかしグリーンの部分の教育内容や成果は、文字や数字では表しにくい。よって私は拙著『名門校とは何か?』で、「シラバス(ブルーの部分)はコピーできてもハビトゥス(グリーンの部分)はコピーできない」と書いた。

現状を踏まえて言い換えるなら、「ブルーの部分の教育はオンラインでもできるが、グリーンの部分の教育はオンラインではできない」ということになる。いま流行りの言葉を使うなら、グリーンの部分が「非認知能力(客観的に認知しにくい力)」、ブルーの部分が「認知能力(客観的に認知しやすい力)」と言うこともできる。

つづく

 

大川剛史