学び、遊びの場は「異年齢混合」が不可欠 ~ 人類史の99%で、子どもたちは異年齢混合の場で意欲を高め能力を獲得してきた

異年齢が混合する学び、遊びの場は、小さな子どもたちには、自分だけでは難しすぎる活動に取り組む意欲を高め、より高い能力を獲得していくことを促す。
一方、年長の子どもたちにとっても、リーダーシップの訓練になるだけではなく、自分だけでするときよりもはるかに創造的に課題に取り組む意欲を高め、より深い概念の理解を促す。

「遊びが学びに欠かせないわけ(ピーター・グレイ著)」より引用。
-----------
◆異年齢混合~教育機関の秘密兵器
サドベリー・バレー・スクールのビジョンをもったリーダーのダニエル・グリーン・バークは、「異年齢の混合」こそが学校という教育機関が成功するための「秘密兵器」だと長年主張し続けています。<中略>
狩猟採集民の社会を調査している文化人類学者たちは、子どもの自己教育に欠かせないのが異年齢の混合だと主張していました。
年齢の大きな違いがある子どもたちが自由に混ざり合うことが、子どもたちが主体的に自分を教育するのに欠かせない大切な鍵です。<中略>

歴史的な観点、および進化論的な観点から見ると、子どもたちを年齢によって分けるのは、異常なことです。<中略>
狩猟採集民の集団は小さかったし、出産の間隔が開いていたので、子どもたちは、自分の年齢に近い遊び友だちは1人か2人ぐらいしかいませんでした。このような集団で一緒に遊んだり、探検したりしていた典型なグループは、4~12歳まで、あるいは7歳から17歳までの5~7人です。
これは、人類の長い歴史の99%の期間で少人数の異年齢混合の遊び方をしていたことを意味します。

◆年少の子どもたちにとっての異年齢混合の価値
異年齢混合のグループで、年少の子どもたちは、自分だけでやったり、他の同じ年齢の子たちだけでは複雑すぎたり、難しすぎたり、危なすぎたりする活動に取り組み、そこから学ぶことができます。また、年長の子たちの複雑な活動を見たり、話しているところを聞いたりすることだけでも学べます。<中略>

より従来型の学校における実験的な異年齢混合の試みも、読み・書きのスキルを促進する証拠を提供してくれています。
ジェイムズ・クリスティーとサンドラ・ストーンが行った研究では、2年間にわたって教室の中の幼稚園児の行動を比較しました。最初の年は、幼稚園児と小学校1年生と2年生の異学年の混合で行われました。2年目は、同じ教室と同じ教師で、幼稚園児だけを教えました。教室には2年間同じ遊び道具が置かれて、研究者たちは自由な遊びの時間に子どもたちがどんな活動をしていたのか動画で記録しました。異学年混合のとき、幼稚園児は少なくとも1人、ほとんどの場合は2人以上の1年生や2年生と遊んでいました。結果的に、年長の子どもたちに促される形で読み・書きが必要な遊びをしていました。
一人ひとりの生徒の結果は、同じ学年だけで遊んでいたときと比べて、異学年の子どもと遊んでいたときは、4倍の読む活動、6倍の書く活動に取り組んでいました。<中略>

伝統的な社会において、明確に教えるという行為はほとんど存在しません。そうした社会の子どもたちは、よりスキルをもった他者の中に自分が主体的に参加する形でスキルを練習します。それをする過程で、言葉による説明があるかもしれません。でも、子どもたちは自分たちの社会で大切な活動やスキルを、最初は年長者を観察したり、話をしたりするのを聞くことによって学びます。<後略>

◆年長の子どもたちにとっての自由な異年齢混合の価値
異年齢混合の利点は、年少者だけでなく、年長者にもあります。
年少の子どもたちと交わることで、年長の者はリーダーシップや愛情を込めた世話などを練習し、(弟や妹のいない者にとっては特に重要な)関係の中で、成熟した者の役割を体験する機会を得ます。

年長者は、年少者に教えることで、より深い概念の理解も得られます。それは自分が知っていることと、知らないことを考えることにもなります。年長者が年少者に、年少者だけで取り組むときよりもはるかに複雑で洗練された活動に取り組むことを促したように、年少者は年長者に、自分だけでするときよりもはるかに創造的に課題に取り組むことを促します。<中略>

年長の子が、年少者にある概念を説明するとき、それは、自分の理解の曖昧な部分(や、あまり考えないでしていたこと)を明らかにすることに役に立ちます。
たとえば、人形ごっこをしている最中に、8歳のの女の子が2歳の妹に、赤ちゃんのお風呂の入れ方を順に追って説明するとき、各ステップを言葉にすることで、はじめて順をおって考えるということをしていたかもしれません。同じように、遊びの中で読むことや計算の仕方について説明しようとするとき、まずは音声的、ないし数値的な概念を自分自身で明らかにした上で、年少者の質問に答えることになるでしょう。<中略>

年少の子たちにとって、年長の子を見ることでより発展的な活動に取り組む気にさせられるように、年長の子たちは、年少の子たちを見ることでより創造的/想像的な活動に取り組む気にさせられます。<中略>


自由な異年齢の混合が、小さな子どもたちに、自分だけでは難しすぎる活動に取り組ませ、学べること、年長者を見たり、聞いたりすることによって学び、触発されること、より多くのケア(気づかい)と感情的なサポートを受けることなどを、どのように可能にするかを見てきました。
一方で、自由な異年齢混合が、年長の子どもたちに、世話をしたり、リーダーシップのスキルや能力を練習したり、身につけること、教えることを通して学ぶこと、自分だけではできないより遊び心をもって、創造的かつ芸術的な活動に取り組むことなどを、どのように可能にするかを見てきました。
学校やその他の場で、子どもたちを年齢によって分けてしまうと、私たちはこうしたすべてのパワフルな学びの機会を彼らから奪ってしまうのです。