勉強って本来どういう意味?学習との違い②

勉強の語源は「勉(つとめ)強(しいる)」つまり、本来は気が進まないことを仕方なくする事でした。
多くの人が嫌いになるのも当たり前ですね。
そしてこの「勉強」が、いつの間にか「学習」と混同してしまいました。
では、「学習」とは本来どのような意味なのでしょうか。
また、勉強との違いはどこなのでしょうか。

以下リンクより引用

「学習」 とは,漢字を分解すれば,「学び」 「習う」 ことです。
 では,「学ぶ」 とはどういう行為,「習う」 とはどういう行為なのだろうか?
簡潔に言えば,「人のまねをして,慣れる」 行為なのです。

 「学ぶ」 は,もともとは 「まねぶ」 であり,「真似ぶ」 こと,つまりほかの人がすることを真似することを言ったことばでした。
 古語辞典にも,「まなぶ」 「まねぶ」 の両方の見出し語があり,どちらも 「学ぶ」 の漢字が載っています。

 一方,「ならう」 も,『広辞苑』 には,「ならう (習う) 」 と 「ならう (慣らう ・ 倣う) 」 が見出し語として並記されていますが,どちらも同源の語と注釈されています。つまり,「ならう」 とは,同じことを繰り返して慣れるということ,また何かを模倣することを言うことばだったのです。

 今の時代では,「学ぶ」 も 「習う」 も,教師による体系的な指導方法 ・ 指導技術によって教えられたことを身につけることと一般的に理解されていますが,昔は,そんな体系的な指導法があったわけではないので,ひたすら 「真似をして」 ,ひたすら反復して 「慣れる」 ことが 「学習」 だったのでしょう。

 では,「習うより慣れよ」 ということわざは,ちょっとおかしくならないか? 「習う」 が 「慣れる」 ことだから,「慣れるより慣れよ」 ということになってしまう ・・・。

 多分,このことわざは,「ならう」 の意味が,人に教えてもらうという意味の方が強くなって以降にできたのではないだろうか。 (この部分は,私の勝手な解釈)

 

前野将克