現代に潜む「奴隷制度」=「学校制度」3/3

■第4章【学校で起きている笑笑な現状】
今まさに、学校では、物凄く滑稽な情景が広がっています。「スマートフォンをポケットに入れた高校生が、教壇にたつ先生の授業を受ける」生徒たちのほとんどは、自分達のポケットにあらゆる情報が得られる魔法の板が入っているのに気づいていません。先生たちの多くも、インターネット上に溢れる教材よりも、自分の授業を聞くことを生徒に無理強いしてしまっています。

インターネットや書籍で、勉強出来る時代に、先生が果たす役割は、「知識を伝える事」ではなく、「どうやって勉強を進めるのか」を教える事です。迷える登山者に、安全な道を教えてくれる案内板、それが先生です。だから、わざわざ授業する必要はありません。多くの先生方が複数のクラスで同じ授業を行っています。テクノロジーを使えば、わざわざ同じことしなくてもいいのに、、、。

※これを言うと、映像授業とか人間味が感じられないとか言う人がいます。僕は、過ごす必要のないことに時間を費やすよりも、もっと充実した時間の過ごし方をした方が人間味があっていいと思います。年老いたおばあちゃんが洗濯板で洗わないと人間味が無くて嫌!なんて言う人いないでしょう?それでも尚おばあちゃんに洗濯をさせるようなら、おばあちゃんの時間を奪っていることになります。そんな人間味の無いことはしたくないです。

■第5章【奴隷制度的学校制度】
ここまで読んだ皆さんは、きっと学校制度が、時代に取り残されてしまっていることに、気づいています。奴隷制度=学校制度という意味もうすうす理解出来るのではないでしょうか?

詳しく説明していきます。まず、奴隷制度について確認です。奴隷とは、人間としての名誉、権利、自由を認められず、他人の所有物として扱われる人のことを指します。

奴隷は、主人の命令に従わなければなりません。
自分のやりたい事に取り組む時間はありません。
命令された役務をこなさなければなりません。

「自分の好きな事がしたい。自由が欲しい。」こう願っていることでしょう。では、学校に通う高校生を見てみましょう。

生徒は、学校の言うことを聞かねばなりません。
自分のやりたい事に取り組む時間はありません。
指定された科目を勉強せねばなりません。

「大学に行って好きな事がしたい。自由が欲しい。」こう願っていることでしょう。半ば冗談混じりに表現しましたが、あながち間違っていないかと。勉強は、役務じゃない!将来の為にやってるんだ!というならば、それは少し見当違いかと。奴隷だって、役務をこなす中で、体力増強や技術を身につけていることでしょう。将来役に立つか立たないかとかではなく、その時間を、満足して過ごしているか。これが問題なのです。

多くの人々は、奴隷制度は断固として反対だ!というスタンスです。可哀想だと思うでしょう。「一生奴隷になれ」なんて言われたら、たまったもんじゃありません。しかし、(奴隷的に生きる)学生たちには酷く無慈悲です。「もっと頑張れ。我慢しろ。」と強います。

何度も言いますが、学校に行く「必要」はありません。※行っては行けないとは言ってない1人1人やりたい事も興味も、得意な事も違う。けれども、一律に主要五教科(国数英理社)に取り組まされる。朝早く起きて学校に行く必要もありません。若者はホルモンバランスの影響で、夜型の人が多いそうです。

・決められた時間に
・決められた先生から
・決められた科目を
・決められた進度で
学んでいく、必要はありません。

「好きな時間」に
「好きな分野」を
「色んな方法」で
習得し、成長していくべきです。

僕自身、「将来なんの役に立つか分からないし」などと嘆きながら、疑いもせずに嫌な課題に取り組んできました。学んだことが有用かどうかはおいておいて、そうやって「やりたくないこと」を他人にやらされているそう感じる時間があるなら、もはや、奴隷です。

■第6章【奴隷制度よりヤバい学校制度】
もちろん、挑戦に失敗や苦悩は付き物です。学ぶことは基本的に辛いことです。難しいことに悩み、長く継続しないと結果は目に見えない。決して、失敗や苦悩から逃れる方法があるとは言ってません。ただ、全員が全員、一律の科目を勉強させられるそういった制度がおかしいのではないかということです。

スポーツだって野球、サッカー、テニス、柔道、ラグビー、色んな競技があります。みんなが、ラグビーに打ち込まなくてはならないなんてことはない。各々が望むスポーツをやれば良いのです。同様に、みんながみんな、物理を勉強しなければならないとか、古典を勉強しなければならないとか、おかしいですよね。今の学校制度はそういうことを平気でしています。多くの大人たちも、この時代の変化に気づかず、子供たちに有名大学に進むことを望みます。子供たちの為だと思い込んで、子供たちの時間を奪ってしまっているのです。

1日の大半を学校で過ごし、帰ってからも課題をやる。「めんどくせぇ」とボヤきながらも学校に行き、「将来ぜってぇ使わねぇし」と言いながらも仕方なく課題に取り組む。自分の時間を過ごしている状態とは、程遠いです。他人の人生を生きていしまっています。その時点で、奴隷と一緒です。「そんな事ないだろ」「学生は勉強させてもらってるんだ。むしろ恵まれている」と言う方もいると思います。実際に、僕自身そうやって自分に言い聞かせながら、授業にのぞみ、大学受験の勉強をしていました。

しかし、そこが1番厄介な点です。この点で、奴隷より悲惨な状態です。「自分が奴隷だと認識出来ていない奴隷」なのです。めんどい、だるい、嫌だ、も思いながら学校生活を送ることは、決して(現代において)恵まれた状態とは言えません。しかし、遠い過去と比較して「自分たちは恵まれている!」と思い込み、思考停止するのです。

あまりにも多くの人が、学校に行くことは当たり前だ、という幻想を信じ続けているのです。覚えておいて欲しいことがあります。自分に優しくしてくれる人と、自分にとって有益な人は必ずしも同一人物ではない。学校に毎日行かなくてもいいんです。学校がめんどくさい、そんなことで悩む時間は勿体ない!すぐに実践に移しましょう。つまり、学校から解放されるのです。

 

姜ヨセフ